コンサートデータ
ウェスが1960年代にアメリカ全土で活躍したコンサート情報をダウンビート誌に基づいて紹介する。
ディスコグラフィには記載されなかったものが中心となるが、この情報は変更や取消しが発生したにも係わらず記載されているものも含まれていることから、全て正しくないことを前置きにしておく。
参考にしたDB誌は【Strictly Ad Lib】というミュージシャンの近況や行動を書き記したものと、【Where & When】という全くクラブ出演の情報を記載している2項を参考にした。
『凡例』
1.【1月1日号/ニューヨーク】、と緑のタイトルは当月の【Strictly Ad Lib】より記載。
2.【1月1日号/ニューヨーク】、と青のタイトルは当月の【Where & When】より記載。
3.【ニュー・ヨーク】、と赤のタイトルはディスコグラフィやその他の情報により記載。
1962
【2月1日号/シカゴ】
何日から始まったか分からないが1月28日まで “モンゴメリ・ブラザーズ” はシカゴにある “サザーランド” に出演した。
Wes Montgomery(g) Buddy Montgomery(p) Monk Montgomery(b) unknown(dr)
Live at “Sutherland”, Chicago; until 1/28
【2月1日号/ニュー・ヨーク】
1月30日から2月11日まで “モンゴメリ・ブラザーズ” はニュー・ヨークにある “ヴィレッジ・ヴァンガード” に出演。
ジャッキィ・ケインとロイ・クラールが同期間クレジットされているが、共演したかどうかは不明。
Wes Montgomery(g) Buddy Montgomery(p) Monk Montgomery(b) unknown(dr)
Live at “Village Vanguard”, NY; 1/30-2/11
【2月15日号/ニュー・ヨーク】
ミルト・ジャクソンと “モンゴメリ・ブラザーズ” のレコーディングがリヴァーサイドで行われる予定。(訳注: 直前に “モンゴメリ・ブラザーズ” は解散したため計画倒れ)
【6月21日号/サン・フランシスコ】
ウェスは “ジャズ・ワークショップ” でジョン・コルトレーンのクウォーテットに参加するが、レギュラーとなる申し出を断った。 (訳注: 同誌ライヴ情報によると、同クラブにコルトレーンは5月1日から5月20日まで出演しているが、すべてにウェスが参加したかどうかは不明)
【7月5日号/サン・フランシスコ】
ガンサー・シュラーの指揮で11人のメンバーはカリフォルニアのオージャイで演奏した。
昼までで終わったためエリック・ドルフィは引き続きジャズワークショップでジョン・コルトレーンのグループに参加した。
それは5月20日(日)午後、コルトレーン・グループのライヴに、ウェス・モンゴメリとオークランドのジャズ・ヴァイオリスト、マイク・ホワイトが参加することになり、専属の人たちの演奏は取りやめた。(訳注: この日は確実にウェスの参加が確認できた)
John Coltrane, Eric Dolphy, Wes Montgomery, Mike White, McCoy Tyner, Jimmy Garrison, Elvin Jones
Live at “Jazz Workshop”, San Francisco; 5/20
【7月19日号/サン・フランシスコ】
6月24日(日)と25日(月)の2日間、ウェスはバークレイにあるカフェ・ハウス “ツボ” にてジョニィ・グリフィンとのセッションを成功させた。 (訳注: 勿論サポートはケリィ・トリオであり、レコーディングされたのは25日(月)であるが、24日はされたかどうかは不明。さらに好評だったことから次週もウェスは出演しているがメンバーの詳細は不明)
【7月19日号/シアトル】
”ペントハウス” においてモンゴメリ兄弟 (訳注: 兄弟のバンドは解散しているのであえてそのように呼ぶ)の出演が予定されている、というだけのもの。
【9月13日号/サン・フランシスコ】
モンテレイ・ジャズ・フェスティヴァルが9月21日(金)~23日(日)に開催され、最後の日の夜の部には、ルイ・アームストロング、ディジィ・ガレスピ、カーメン・マクレイ等の合間にウェスは既に解散していた “モンゴメリ・ブラザーズ・クウィンテット” として出演した。詳細なメンバーは不明。
【11月8日号/シカゴ】
ナプタウンからのニュース:
重大な顎筋肉問題を持ち続けるデイヴ・ベイカーは、彼のメイン楽器であるトロンボーンを吹くことをほとんど不可能にしているが、インディアナポリスでビッグ・バンドのリハーサルをしている。
そのメンバーには、トランペットのアル・キガー、テナーのポール・プルムルエー(二人ともベイカーとともに演ったか、あるいはジョージ・ラッセルと一緒だった) 、そしてこの春ノートルダム大学でのカレッジ・ジャズ・フェスティヴァルにおいて選ばれた若いアルトのジェミィ・ アエベーソルドがいた。
ベイカーは、再びインディアナポリスで定住しているように思われるウェス・モンゴメリがそのバンドと一緒に演るかもしれないと言った。ベイカーはそのグループのために奔走しているが、レコード会社とは契約しないとのこと。 (訳注: 実現しているのかは不明)
1957年のベイカーのビッグ・バンドはガンサー・シュラーの努力を通して全国的に注目を得た;
ベイカーがインディアナポリスの小さなクラブでコンボを演っていたころの中心人物は、その後ジョージ・ラッセル・セクテットの一員となった。
(訳注: ベイカーとウェスは勿論インディアナポリス時代一緒に演った人物で、その写真がエイドリアン・イングラム著の「ウェス・モンゴメリ」の中に掲載されている。)
1963
【3月14日号/シカゴ】
シカゴでの記事でありながら、ウェスはインディアナポリスの故郷でオルガンとドラムスで活動を続ける、とある。
【4月11日号/サン・フランシスコ】
インディアナポリスへ戻る前に、ウェスはここロスで2週を過ごした。
【4月25日号/南アフリカ】
アメリカの3つの30分ジャズ番組が週に1度のシリーズで放送されているが、南アフリカのラジオ聴衆に人気があるということで、番組中大好きなジャズ・ミュージシャンのリスナー世論調査を行った。
そのギター部門の1位にバーニィ・ケッセル、2位にウェスが選ばれたというもの。
【8月1日号/サン・フランシスコ】
ディヴィサデロ通りににある “プレイ・ペン” のオーナー、バニー・サイモンは、バー・ラウンジの2階にジャズ・クラブを開店した。
その最初の呼び物は、メルヴィン・ラインとドラムスのソニー・ジョンソンを従えてのウェス・モンゴメリ・トリオであった。
【8月15日号/ニュー・ヨーク】
7月にミルト・ジャクソンは J.F.T. プロダクションのために26週間のテレビ・シリーズを録画し始めた。
ミルトと一緒にウェス・モンゴメリとハンク・ジョーンズが出演し、リチャード・デイビスのベースとコニー・ケイがドラムスとなる。
ミュージシャンでありダンサーであり、歌手であるマージ・ドットソンの含まれたパッケージは主流ネット・ワークへの放送が計画されている。 (正確にこの録画撮りにウェス・モンゴメリが出演したのかどうかは不明ですが、本当ならば一度観たいですね。)
【10月10日号/サン・フランシスコ】
「マイルス・デイヴィスは “ジャズ・ワークショップ” に出演していたが、9月20日の晩は “モンテレィ・ジャズ・フェスティヴァル” に出演するため “ジャズ・ワークショップ” のオーナー、アート・オーエーバチは新結成したばかりのバディ・モンゴメリ・クウォーテットを代用にたてた。
バディはピアノからヴァイブに持ち替え、ピアノはフリップ・ヌーン、ベースはボビィ・メイズ、そしてドラムスにジミィ・ラヴレイスという編成であった。
バディの兄弟で前のバンド、 “モンゴメリ・ブラザーズ” で一緒だったベースのモンク・モンゴメリはサックスのカーティス・エイミと組んでロスで働いている。そしてもうひとりの兄弟、ウェス・モンゴメリはオルガンのメルヴィン・ラインと数カ月前に結成しインディアナポリスにいる。」
この記事の内容ですとウェスは紹介されているだけで、出演したわけではなさそうである。
【11月21日号/ニュー・ヨーク】
ビリー・テイラーのトリオは、ベン・タッカーとデイブ・ベイリーと一緒に、ニューヨーク大学のカッパ・アルファプサイによって公開されたタウンホール・コンサートのためにウェスとクラーク・テリーを迎えた。
1964
【1月30日号/ワシントンD.C.】
ワシントンにあるクラブ 、”ショーボート・ラウンジ” でウェスは2週間の出演契約を交わす。
Wes Montgomery(g) Mel Rhyne(org) George Brrown(dr)
Washington, D.C.; Jan.
I’ll Remember April
Yesterday
Besame Mucho
Misty
*詳細は別頁(ヴァーヴ時代)でお知らせします。
【5月21日号/フィラデルフィア】
州の部局の極東旅行から戻ったジミー・デプリーストは、WHYYのシド・マークのジャズ・テレビ・ショーでのゲストでした。WHAT-FMのジャズ・ディスク・ジョッキーであるマークは、歌手ジョニー・ハートマンと共に週1回の番組を開始し、ポップ・ミュージックに関するパネルディスカッションを行うようになりました。リード奏者のローランド・カークとギタリストのウェス・モンゴメリもシリーズの呼び物だった。
リード奏者ユセフ・ラティーフは、 “クラブ・ペップ” において新しいグループを結成した。その繁華街のクラブにおいて呼び物にされたミュージシャンは他に、ジョニー・ハートン、ローランド・カーク、それにウェス・モンゴメリ等がいた。
【5月21日号/ボストン】
ボストンにあるクラブ 、”ジャズ・ワークショップ” でウェスは1週間の出演契約を交わす。ウェス以外のメンバー記載(下記は推測)なし。
Musicians are not identified save:
Wes Montgomery(g) Mel Rhyne(org) George Brrown(dr)
Live at “Jazz Workshop”,Boston; 5/18-24
【6月4日号/シンシナティ】
郊外における唯一のジャズ・クラブであるカバナ・ラウンジは、テナーサクソフォーンのベニー・コルソンのグループとトランペッターのブルー・ミッチェルを含むトリオ、および際だつ才能を持ったギタリストのウェス・モンゴメリらによって成功を収めた。
【7月16日号/ピッツバーグ】
ハリスブルグでWKBOはバリー・パーソンズとトビー・ヤングという男性2人のジャズ・チームをプログラムに組み入れ始めた。午後11時から午前2時までの2人の番組 “ジャズ・トゥデイ” では最近ギタリストのケニー・バレルと彼のドラマー、ビル・イングリッシュがお目見えした。
ペンシルヴァニア州都のジャズ活動の中心はローソンホテルであり、そこでは夏にグラント・グリーンとウェス・モンゴメリの出演が予定されている。
【7月16日号/ニュー・ヨーク】
NYにあるクラブ 、”ハーフ・ノート” でウェスは2週間の出演契約を交わす。
ウェス以外のメンバー記載なし。(下記は8月13日号による推測)
Musicians are not identified save:
Wes Montgomery(g) Mel Rhyne(org) Sam Jones(dr)
Live at “Half Note”, NYC; until-7/2
【8月13日号/ニュー・ヨーク】
ダウン・ビート誌 (7月16日)においてウェス・モンゴメリーが述べたこれらの基本的な問題はその後まもなく彼を悩ませるようになった。
彼はそのオルガンをインディアナポリスに置いてきたが、それは誰かが6月下旬と7月上旬の “ハーフ・ノート” との契約のためにオルガンを貸してくれるだろうと踏んでのことだった。
けれども利用できるものはひどい形をしたものだったため、彼は結局ドラムスのジョージ・ブラウンとオルガンの代わりにピアノを弾くメル・ラインらのレギュラーメンバとベーシストのサム・ジョーンズを加えることになった。 *詳細は別頁(ヴァーヴ時代)でお知らせします。
コネチカット州ウエストポートのレオナルド・バーンスタインの自宅で開催された7月中旬のNAACP法定防衛基金の慈善興行に来た人や、出演したプレイヤーの中にはディジー
・ガレスピー、バック・クレイトン、ビリー・テイラー、ウェス・モンゴメリ、モーガン・キング、レロイ・ジョーンズ、ボビー・ショット、 “レッド・ブルース・トリオ” 、 “ジーン・ハル・バンド” とクレム・デローサの指揮するウォルト・ウィットマン高等学校バンドが含まれていた。
【9月10日号/シンシナティ】
ジャズ・クルセダースは、最近の1週間の滞在の間に “ペントハウス” を満員の状態にした。ギタリストのウェス・モンゴメリはウエスト・コースト・グループに参加したが、それ
は彼らがピアニスト兼歌手モーズ・アリソンの出演の前のことだった。
その後オルガン奏者ジャック・マクダフとピアニストのビル・エヴァンスが同クラブにおいてアリソンの後に出演した。
【10月8日号/ピッツバーグ】
ギタリストのウェス・モンゴメリとオルガン奏者シャーリー・スコットのグループがローソンホテルにやって来る。
【ロス・アンジェルス】
ジャズ批評 No.90「ウェス・モンゴメリ大全集」の記事より転載。
いわゆる “モンゴメリ・ブラザーズ” 解散後もことあるごとに臨時結成していたという証。
ドラムスとコンガの2人は今まで67~68年頃の共演とされていたが、写真を見る限りどうもそのように見えるのだが。
Wes Montgomery(g) Buddy Montgomery(p) Monk Montgomery(b)
provabry Billy Hart(dr) and Elvin Bunn(cga)
Live at “Shelly’s Man-Hole”, LA; Oct.
【12月31日号/デトロイト】
“フィールズ・ボハノン・クィンテット” はアンステイブル・シアターでの週1度のセッションにおいて “デトロイト・ジャズ・クインテット” の代役をつとめた。ボハノンとフィールズもまた “ドローム・バー” において11月30日一連の月曜夜のセッションを開始した。
11月を通して呼び物とされたのは “ジョニー・ライトル・トリオ” 、ウェス・モンゴメリの新しいカルテット(ピアニストのハロルド・メイバーンを呼び物にしている)およびバリー・ハリスとソニー・レッドのクォーテットだった。 (訳注: ウェス、ハロルド以外の他のメンバーは、アーサー・ハーパー、ジミー・ラヴレイス、後の欧州ツァーの面々である。)
Wes Montgomery(g) Harold Mabern(p) Arthur Harper(b) Jimmy Lovelece(dr)
Live at “Drome Bar”, Detroit; Nov.
1965
【2月25日号/シカゴ】
ウェス・モンゴメリはハロルド・メイバーン、アーサー・ハーパー、ジミー・ラヴレイスとともに “クラブ・マッキー” にて、興味を持ったデクスター・ゴードンに胸を張ってプレイを見せた。(訳注: この文章からはウェスとゴードンが共演したかは不明)
【2月25日号/ルイスヴィル】
ウェス・モンゴメリとそのグループは “アーツ・イン・ルイスヴィル・ハウス” において1月22と23日の2日間の出演契約をした。
(訳注: 恐らくウェス以外のメンバーは、ハロルド・メイバーン、アーサー・ハーパー、ジミー・ラヴレイス、後の欧州ツァーの面々である。)
Provabry :
Wes Montgomery(g) Harold Mabern(p) Arthur Harper(b) Jimmy Lovelece(dr)
Live at “the Arts in Louisvill House”, Louisville; 1/22-23
【ニュー・ヨーク】
2月11日号/ニュー・ヨーク”ハーフ・ノート” のコンサート情報には「不明」とあるが《Beppo》の海賊盤により記載する。
Wes Montgomery(g) Harold Mabern(p) Arthur Harper(b) Jimmy Lovelece(dr)
Live at “Half Note”, NYC; 2/12
【3月11日号/フィラデルフィア】
“ショー・ボート” は、改装のため2カ月間閉店していたが、モーズ・アリソンを迎えて3月に再開する。 他方ペップスは1月の殆どはいつものようにシャッターを閉めていたが、ユセフ・ラティーフを迎えて月末近くに再開した。
その後のスケジュールがラティーフの後に続いて未契約の領域欄に予約された。ウェス・モンゴメリ、ジョン・コルトレーン、ローランド・カーク、そしてスライド・ハンプトンのバンドと一緒のシンガー、ロイド・プライス、更にモンゴ・サンタマリアとホレス・シルヴァーらが出演する。
【4月8日号/モントリオール】
アンディ・コベットが経営する “リ・ジャズ・ホット” は、1月末から、マリアン・マッパートランド・トリオ、クララ・ウォード・ゴスペル歌手、モンゴ・サンタマリア、バーナード・ペイッフェ、カーメン・マクレア、ソニー・スティット、ユセフ・ラティーフ、ローランド・カーク、ウェス・モンゴメリといった出演を予定している。
これらの様子はマッパートランド夫人がCBM-FMのために55分間のジャズ・ディスカッションとしてテープに収めたが、それは4月中に聴かれたジャズに関しては最高のものであった。
【4月8日号/ボストン】
“ピンク・プードル” でのトリオの中心は盲目のオルガン奏者アール・グランデーだが、彼はJ.J.ジョンソンとウェス・モンゴメリを含むインディアナポリス出身の有名ジャズ・ミュージシャン達のために早い時期から相当量の練習を積んでいた。
(訳注: この文章からはウェスとグランデーが共演したかは不明)
【5月6日号/インディアナポリス】
ウェスは久々に故郷での出演が予定されていたが、欧州ツァーのため解約した。
インディアナポリスにあるラウンジ “ミスター・ビーズ” に4月26日から5月1日の予定だった。
【6月3日号/イタリア/サン・レモ】
3月20日は第10回サン・レモ・ジャズ・フェスティヴァルが、カジノのコンサートホールで2晩続きで行われた。しかしイタリアのラジオとテレビ・ネット・ワークからの中継がな
かったため、必然的に過去により幾分短かった。
にもかかわらず、音楽の質は高いし一般的なプレゼンテーションで照明と音は優秀でした。
(訳注:その他の訪問国についての記述はないが以下判明について紹介する。)
3月20日: 第10回サン・レモ・ジャズ・フェスティヴァルに出演。
3月??日: ブリュッセルにて、TV番組”ジャズ・プリスマ”に出演。(多分この間では?)
3月25日: ロンドンにて、BBC-TV番組”JAZZ 625″にてスタジオ・ライヴに出演。
3月27日: パリにて、シャンゼリゼ劇場でJ・グリフィンを迎えてコンサート。
4月2日: ヒルヴェルサムにて、ヴァラ・ラジオでクラーク・テリーと出演。
4月3日: ロッテルダムにて、クラブ “B-14” に出演。
4月5日: 24日まで、再びロンドンにて、 “ロニー・スコット・クラブ” に出演。
4月25日: 30日まで、ハンブルグにて、NDRラジオの “ジャズ・ワークショップ” 等に出演。
5月1日: 7日まで、ロンドンにて、 “ロニー・スコット・クラブ” の最終出演。7日は、ABC-TV番組 “テンポ” にも出演。
【6月3日号/デトロイト】
ウェスはデトロイトにあるクラブ、”ドローム・バー” に5月28日から6月6日に出演。
他のメンバーはヒュー・ローソン(p)、アーサー・ハーパー(b)、ロイ・ブルックス(dr)、の新グループ。
Wes Montgomery(g) Hugh Lawson(p) Arthur Harper(b) Roy Brooks(dr)
Live at “Drome Bar”, Detroit; 5/28-6/6
【6月3日号/インディアナポリス】
ウェスは故郷インディアナポリスにあるラウンジ “ミスター・ビーズ” に6月7日から6月19日に出演した。
他のメンバーはヒュー・ローソン(p)、アーサー・ハーパー(b)、ロイ・ブルックス(dr)であるが、出演終了後解散した。
Wes Montgomery(g) Hugh Lawson(p) Arthur Harper(b) Roy Brooks(dr)
Live at “Mr. B’s”, Indianapolis; 6/7-6/19
【6月17日号/フィラデルフィア】
フィラデルフィアにあるラウンジ、 “ショー・ボート” でウェスはウィントン・ケリィ・トリオとともに6月21日から26日までの1週間の出演契約を交わす。
Wes Montgomery(g) Wynton Kelly(p) Paul Chambers(b) Jimmy Cobb(dr)
Live at “Show Boat”, Philadelphia; 6/21-6/26
【ニュー・ヨーク】
上記データにおいて、この間の25日には2~3時間の距離にあるNYの “ハーフ・ノート” へ、FMのライヴ出演のため車を飛ばしている。
この時のプレイが《ウィロウ・ウィープ・フォー・ミィ/Verve V6-8765》で聴ける。
Wes Montgomery(g) Wynton Kelly(p) Paul Chambers(b) Jimmy Cobb(dr)
Live at “Half Note”, NYC; 6/25
( 訳注: これ以前に二人の共演の記載が確認できないことから恐らく初共演となる。ということはディスコ的にかの有名な〈ノー・ブルーズ〉を含む5月録音はありえないのか???)
【7月15日号/デトロイト】
ロイ・ブルックスは “ドローム・バー” においてウェス・モンゴメリの新グループ(ヒュー・ローソンとアーサー・ハーパー)と一緒に演るためデトロイトに戻っていた。
(訳注: この記事は【6月3日号/デトロイト】のことであり、かなり遅れて掲載している。)
【7月15日号/ボストン】
ボストンにあるクラブ、 “ジャズ・ワークショップ” でウェスは7月5日から11日までの1週間の出演契約を交わす。詳細なメンバーは不明。
Wes Montgomery(g) unknown support
Live at “Jazz Workshop”,Boston; 7/5-7/11
【7月29日号/インディアナポリス】
6週間のヨーロッパ・ツアーにともなって、ウェス・モンゴメリはNY市に戻る前に6月最初の2週間(6月7日から6月19日)に “ミスター・ビー” のラウンジにおいて出演するが、途中彼は実家で少しくつろいだ。
(訳注: この記事は【6月3日号/インディアナポリス】のことでありかなり遅れて掲載している。)
【7月29日号/バッファロ】
バッファロにあるクラブ、 “コールド・スプリング・ボン・トン” でウェスは7月26日から8月1日までの1週間の出演契約を交わす。詳細なメンバーは不明。
Wes Montgomery(g) unknown support
Live at “Cold Spring Bon-Ton”,Buffalo; 7/26-8/1
【8月12日号/ロード・アイランド】
ウェスはウィントン・ケリィ・トリオとともに7月1日から開催している “ニュー・ポート・ジャズ・フェスティヴァル” に最終4日の昼の部に出演した。
詳細は別ページで紹介する。
Wes Montgomery(g) Wynton Kelly(p) Paul Chambers(b) Jimmy Cobb(dr)
Live at “Newport Jazz Festival”, Newport; 7/4
【ニュー・ヨーク】
Wes Montgomery(g) Wynton Kelly(p) Paul Chambers(b) Jimmy Cobb(dr)
Live at “Half Note”, NYC; 8/13
【9月9日号/シカゴ】
シカゴにあるクラブ 、”プラゲッド・ニッケル” でウェスはウィントン・ケリィ・トリオとともに1週間の出演契約を交わす。
Wes Montgomery(g) Wynton Kelly(p) Paul Chambers(b) Jimmy Cobb(dr)
Live at “Plugged Nickel”,Chicago; 8/23-8/29
【10月7日号/ボストン】
ボストンにあるクラブ 、”レニーズ・オン・ザ・ターン・パイク” でウェスはウィントン
・ケリィ・トリオとともにたぶん9月上旬の1週間の出演契約を交わす。
Wes Montgomery(g) Wynton Kelly(p) Paul Chambers(b) Jimmy Cobb(dr)
Live at “Lennie’s-on-the-turn-pike”, Boston; early-Sep.
【10月7日号/ボルチモア】
“レフト・バンク・ジャズ・ソサエティ” は9月初めに “ジャズ・オン・ザ・チェサピーク” なるコンサートを後援し、呼び物であるウェス・モンゴメリ及び “ウィントン・ケリィ” のトリオでポール・チェンバース、ジミー・コブが出演した。
Wes Montgomery(g) Wynton Kelly(p) Paul Chambers(b) Jimmy Cobb(dr)
Live at “Jazz-on-the-Chesapeak”, Baltimore; early-Sep.
【ニュー・ヨーク】
Wes Montgomery(g) Wynton Kelly(p) Paul Chambers(b) Jimmy Cobb(dr)
Live at “Half Note”, NYC; 9/17
【ニュー・ヨーク】
Wes Montgomery(g) Wynton Kelly(p) Paul Chambers(b) Jimmy Cobb(dr)
Live at “Half Note”, NYC; 9/24
【10月7日号/ニユー・ジャージ】
ニユーアーク市にあるクラブ、 “フロント・ルーム” でウェスはウィントン・ケリィ・トリオととも10月4日から10日までの1週間の出演契約を交わす。
Wes Montgomery(g) Wynton Kelly(p) Paul Chambers(b) Jimmy Cobb(dr)
Live at “Front Room”, Newark; 10/4-10/10
【10月21日号/ニュー・ジャージ】
N.J.州ニューアーク市にある “フロント・ルーム” ではジャズ・アーチストのオン・パレードを展開する。現在クラブにウィントン・ケリー・トリオとウェス・モンゴメリが出演している。
その後、ヴァイブ/ハープ奏者ジョニー・リトルは10月11日より1週間出演し、10月23日はソニー・ロリンズの出演が予定されている。
【10月21日号/ボルチモア】
ウェスはウィントン・ケリィ・トリオととも “メディソン・クラブ” において “レフト・バンク・ジャズ・ソサエティ” 後援による日曜夜の巡演を終えた。
Wes Montgomery(g) & Wynton Kelly Torio
Live at “Madison Club”, Baltimore; early-Sep.
【11月4日号/LA】
LAにあるクラブ 、”シェリーズ・マン・ホール” でウェスはウィントン・ケリィ・トリオとともに11月2日から14日までの2週間の出演契約を交わすとあるが、「仮です」との注釈が気になる。
(訳注: 11月、チェンバースは怪我のため入院、詳細は別途ヴァーヴの項で説明。)
Wes Montgomery(g) & Wynton Kelly Torio
Live at “Shelly’s Manne-Hole; 11/2-11/14(tentative)
【ニュー・ヨーク】
上記、 “シェリーズ・マン・ホール” との日付が気になるが、これも恐らくFMのライヴ出演のため、この日だけの出演と思われる。
Wes Montgomery(g) Wynton Kelly(p) Larry Ridley(b) Jimmy Cobb(dr)
Live at “Half Note”, NYC; 11/12
【12月2日号/シカゴ】
シカゴにあるクラブ 、”プラゲッド・ニッケル” でのマイルス・デイヴィスの出演が土壇場になってキャンセル。彼は開演前夜に電話で聴衆の前でプレイする気がなくなったと、いわゆる「ドタキャン」をおこなった。
そのことでクラブのオーナーは、急遽オルガンのジミー・スミスに週末の間戻ってきてもらった。
その後、オーナーはウェスとウィントン・ケリィ・トリオに依頼し、マイルスとの契約期間だった2週目の出演予定に充てた。 (訳注: マイルスの出演予定が10/19-31だったので、ウェスの出演は10/26-31となる。)
Wes Montgomery(g) & Wynton Kelly Torio
Live at “Plugged Nickel”,Chicago; 10/26-10/31
【ニュー・ヨーク】
Wes Montgomery(g) Wynton Kelly(p) Herman Wright(b) Jimmy Cobb(dr)
Live at “Half Note”, NYC; 11/19
【12月2日号/ニュー・ヨーク、フィラデルフィア】
NYにあるクラブ 、 “ハーフ・ノート” でウェスはウィントン・ケリィ・トリオとともに11月22日までの出演契約を交わすとあるが、いつからかは不明。
更にフィラデルフィアの “ショー・ボート” では11月22日から12月4日までの2週間の出演約を交わす。
Wes Montgomery(g) & Wynton Kelly Torio
Live at “Half Note”, NYC; to 11/22
Live at “Show Boat”, Philadelphia; 11/22-12/4
