青春Go-Go(55歳)切符物語
JRが売り出している青春18切符にかけてタイトリングしたものなんですが、いやはやこの55(Go-Go)歳にして初めての東京見学、恥ずかしいやら嬉しいやら「えっ、初めてなんですか」、「いえ、通過点としてはあるんです」なんて子供じみた言い訳をしながら本当に楽しい3泊4日の旅でした。
2月14日(木)晴れ:
前夜なんとなく寝付かれず、布団の中に入りながらも行程を考えたりしていたら2時を回っていたような気がする。
目覚まし時計がピリピリと鳴り出したのが午前8時、トーストをかじりながらブラック・コーヒーをすすりあわただしく飛びだし、満員の通勤電車で新大阪駅に到着したのが10時前であった。
午後1時には東京の予定が、なれない新幹線はなんと各駅停車のこだま号に乗り込んだため4時間もかかってしまった。
ま、それも時間フリーならではのわがまま設定に満足しながらにも東京に着いた。

大きな提灯を吊るす雷門をくぐり仲見世を通り過ぎ浅草寺、早速線香を焚き行程の無事を祈願した。
やたら海外からの観光客にもまれながら、今夜宿泊先の横浜桜木町にあるワシントンホテルに荷物を置き、たっぷり日も暮れた “みなとみらい21” を散策したあと、到着の報告と明日以降の予定をウェス・ファン倶楽部横浜特派員の青木氏に連絡、大観覧車が長蛇の行列で乗れなかった残念さも忘れベットの底に沈んだ。

2月15日(金)晴れ:
今日の予定は神田神保町を訪れたあと、夜はJR関内駅近くにある “Lazy Bones” でファンキィ&メロウ・ギタリストの杉本篤彦バンドを観ることである。
先ず神保町へは、営団有楽町線に乗り桜田門駅で下車、江戸城周辺を見学しながら軒並み続く古書店を尻目に白山通を北進していたら、偶然にも昔からウェス・コレクションでお世話になった “トニィ・レコード” に出くわした。
老舗らしく整理されたジャンル棚を見渡したが目当てのものを見つけるようで、どうでもいいかと、いう心境で2~3探したたあと本来の目的である専修大前交差点付近に店舗を構えてまだ5年足らずのジャズ・レコード専門店 “アディロン・ダック” の前に着いた。

細長いビルのエレベータに乗ると、ビル・エヴァンスの小気味なピアノがかけられていた。
「初めまして、ウェスの件でお世話になっています徳井です」
驚かれた様子で「あっ、徳井さん。こちらこそお世話になっています」、とレコード販売にはこだわりをモットーに、人柄は気さくなマスターに電話取引だけのイメージを重ねつつ2時間ほど話し込んでいた。
実際彼は年に数回アメリカ各地を奔走し “名盤・珍盤・奇盤” を買い入れてはわがままななコレクターの期待に応じてきた。
「最近のコレクターは難しい注文をつけるので、本当に苦労しますよ」、と不況のあおりも負いながら生き残りに精進されていた。
私もその一人なんであまり他人のことをとやかく言えませんが、リクエストしていた念願のハンプトン時代のSP盤で勿論ウェスがクレジットされているデッカ盤を貰い受けながら「これですか、10枚のデッカ盤、ありがとうございます」、と1枚を取り上げるとまっさらであるベティ・カーターのヴォーカルが入った《 The Hucklbuck/Decca 74897》をターンテーブルに載せた。
プチパチと古びたこの音の中にウェスが入っているのか、なんてひとり天井を仰ぎつつ咽んでいた。
「このベティは意外とファンが多くてこのSP盤を欲しがっているコレクターがいるんですよ。でも徳井さんもウェスが入っているので譲れませんよね」。
もちろん譲るわけにはいかない、ウォント・リストを渡してまる5年目にしてやっと入手していただいた貴重盤「そんなに人気があるのですか」、「恐らくこんなよい状態での盤は2度とないでしょうね」、と問答していて、「あっ、思い出したんですが、いま渋谷のパルコでウイリアム・クラクストンの写真展が開催されているんですがご存知ですか?」と尋ねられ「もし興味がおありでしたら、この機会を利用して観に行かれたらどうです、地下鉄に乗れば直ぐですよ」との薦めに手早くSP盤を荷造りし早速応じることにした。
渋谷の往来に大阪以上の人が溢れ、なかなか進めない苛立ちをおさえながらパルコ1号館をやっとのことで見つけた。
地下への階段を降りると直ぐに入場口があり、何人かがチケットを買っていた。
展示された30点ほどのモノクロ写真はパシフィック、コンテンポラリ・レコードなどのジャケットにも使われたチェット・ベイカー、アート・ペッパー、ハンプトン・ホーズ、バーニィ・ケッセル等が中心であったが、モンク、コルトレーン、マイルスの大物写真も展示されてあった。
その中で私がいちばん早く目にしたものは “マスターサウンズ” にウェスが参加した《Kismet/World Pacific WP-1243》の妖艶なジャケット、これもクラクストンの作品であったがウェスはどこを探してもなかったのが寂しい、ま、そんなに期待もしていなかったが・・。
6時になって約束していた横浜特派員の青木氏と宿泊先である関内のワシントン・ホテルで会った。
お互い初対面から「青木さん?」、「徳井さんですか」と感動の握手を交わし伊勢佐木町界隈にある “よいどれ伯爵” そして昨日宮之上氏の出演がキャンセルされた “エアジン” など有名なジャズ・クラブのある場所を紹介されながら、広東料理の “生香園” で歓迎の夕食をご馳走になった。
宮之上氏が出演していたら昨日も二人で観に行く予定でしたが「ダブル・ブッキングだったらしく本当に残念でしたね」、と青木さんのせいでもないのに申し訳なさそうに謝られていたが、「また次の機会の楽しみに残しておきましょう」と満腹のお腹にもかかわらず話しとビールがすすんでいた。
彼とは、ウェスのことでメールや電話でよく話していたがやはりウェス談義に花が咲いたあと、今夜のメインである8時からの杉本篤彦氏出演の “Lazy Bones” にも最後まで同席していただいた。
ワシントン・ホテルの筋向かいにあり入口が分かりにくく探しあぐねたが、こじんまりと静かな店内はすでに杉本氏と彼の専属メンバが待機しており、マスターから予約のいちばん良い席に通された。
「杉本さん、徳井です」、「あっ、徳井さん、お待ちしておりました」、私は直ぐに分かったので挨拶を交わし「こちら横浜在住のジャズ・ファンで私と同じウェス好きな青木さんです」、と少し話した後「そろそろファースト・ステージ始めますか」との掛け声にメンバ達はセッテングされた楽器のチューニングを確認していた。
「杉本さん、今日はウェスものもお願いします」とのリクエストに、「アコースティック・メンバでないので何でもと言う訳にはいきませんが、演ってみます」と快く笑顔でステージに向かわれた。

杉本篤彦(Guitar)星牧人(Keybooards)大澤逸人(E.Bass)今村功司(Drums)
小林伊吹 (Percussions)
1stステージでは杉本氏のオリジナルの〈ノック・ミィ・アウト〉で始まり、中頃にウェスのオリジナルでA&Mの《ダウン・ヒア・オン・ザ・グラウンド》より〈アップ・アンド・アット・イット〉をファンク調でビートを効かし、かなりエキサイティングに演って見せた。
1stステージが終わって早速対談に応じていただきました。
徳井:いや、こうして生演奏を聴かせていただきましたが実に “ファンキィ&メロウ” の看板に偽りなしでしたね。
杉本:ありがとう御座います。
徳井:テーマからアドリブにかけてもメロウなんで、つい歌い出しそうでした。
杉本:歌詞こそありませんが、そのように言っていただければ嬉しいかぎりです。
徳井:前に、理想はインストで売れればいいとおっしゃっていましたが、この際ジョージ・ベンソンのようにヴォーカルもされては如何でしょう?
杉本:彼は特に歌も上手かったですよね・・・うーん。
徳井:オクターヴ奏法についてなんですが、ウェスと同じく親指を使われていますが・・見せていただけます?
杉本:まあ、ちょっと硬くなってますが、これはあまり良くないですね。外は柔らかいままの (注:芯に硬いものが出来てる) ほうがいいですね。私の場合たまたま指が丸いので弾くときにうまく弦に当たってくれるんです。
青木:そして丁度ピックを親指と人差指で挟むように弾いておられますね。
杉本:シングル・トーンの場合親指だけで演るときもあるが、ほとんどは同時に人差指も使いますよ。
青木:えっ、ピックの裏返しのように親指と人差指を使われるんですか。
杉本:まあそうなんですが、ウェスの場合アップも親指なんで当りが弱くなり、ましてクラシック奏法だと人差指はアポヤンドになるか爪でかき鳴らすようになるので、指を合わせることで人差指は親指的な感覚で使えるんです。
徳井:そうなんですか、アップの場合人差指の腹を使われてたんですか。小さなピックを持たれてるのか、持っている風にされ全て親指で弾いているのかと思いました。
青木:つまり親指の肉質感と人差指の肉質感は同じということなんですね。
杉本:そうなんです。そのことによりアップの場合も親指と同じアタックのサウンドが得られると言う事なんです。
青木:誰も真似の出来ない奏法といことになりますね。
杉本:私も初めの頃ピックを使ってたんですが、偶然ある時ピックを落っことしちゃって親指を使ったらまあまあ使えたんですよ。
青木:これは凄いことを伺いましたね。
杉本:そして本格的に親指奏法を練習したんですが、どうしてもアップのサウンドが気に入らなくて人差指の併用を思いついたと言う訳なんです。
徳井:それから右手の動きがウェスとは違いますね。
杉本:そうですね、右手は固定というか支持はさせません。
徳井:じゃあピックガードは特に必要ないですね。クガードに引っ掛けて弾く感覚としては親指と小指で弦を挟み込むということなんでしょう。
徳井:なるほど、杉本さんはそれで高低差のある音程の弦をよく外しませんね。ところでウェスを初めて聴いたきっかけはなんだったんですか。
杉本:かなり以前に聴いていたとは思うのですが、23~24歳までウェスを知らなかったんです。
徳井:えっ、そうなんですか。
杉本:そう、で・・どちらかと言うと高中正義さんでしたね。ジョージ・ベンソンは聴いていましたがそのころギターに関しては全くの素人でしたから・・それで神田にしばらくジャズ・ギターを習いに行った事があって、そこでの練習曲に《ハーフ・ノート》に入っているブルーズの曲があったんです。
青木:〈ノー・ブルーズ〉ですか。
杉本:そう、他にもスタンダードの曲があったんですが、それがウェスでしたね。ところが初めて買ったレコードが何故か〈ロード・ソング〉の入ったものなんです。(笑)
徳井:最高ですね、あっメンバのかたがお呼びですね。
ここで2ndステージが始まるため対談は中断となった。

そしてなんと1曲目に〈ジングルス〉をファンク調に仕立てたことに我々は思わず声をあげ、顔を見合わせ “凄い” と叫んだ。
最後に青木氏のリクエストに応えソウル女性歌手のパッシー・スレッジが66年にヒットさせた、〈男が女を愛する時〉でクライマックスを迎え杉本バンドの “ファンキィ&メロウ” なステージは閉幕となった。
青木:お疲れ様、素晴らしい乗りでしたね。(拍手)〈ジングルス〉は1959年の作品なんですがそれをファンク調で演っていただいて、感激しました。天国のウェスもさぞ喜んでる事でしょう。
杉本:イギリスのプレイアーも演っていたと思うが、最初に聴いたのはやはりウェスのプレイでしたね。
青木:ウェスは何どもレコーディングしていますがどの時代のものだったのでしょう。
杉本:何だっけ・・ウェスが演っているビデオも観ましたが。
青木:当初ウェスもわりとスローで演っていたんですが、年代を重ねるごとにアップ・テンポに変わっていきましたね。
杉本:そうなんですか。
このあと対談は続いたのですが、杉本氏のテクニックについてのみ掲載します。
徳井:最後に左手のフォームについてもお伺いしたいのですが、観ていて実にスムースに動かされていますね。
青木:宮之上氏とも違った動きですが。
杉本:左手は肘の複雑骨折がもとで小指が思うように動かなくて、結果としてオクターヴを押えるのは人差指と薬指なんです。
青木:そうですね、観ていてポジションの移動にも全く指使いは変わらなかったですね。ウェスの場合人差指と薬指、人差指と小指を使い分けますが。
杉本:ですから、フォームが決まっているのであとは前後上下に滑らせるパターンですから、逆にこのことが先ほど言われているスムースな動きになるんです。
徳井:じゃあ、中間弦のミュートは中指だけなんですか。
杉本:特に意識してませんが自然とそのようになってるのですかね。
徳井:本当に杉本さんのオクターヴは切れ味抜群なんですよ。やはりオクターヴの命ですね。切れ味が悪いと総てにおいて良くない結果となりますから・・料理と同じですね。(笑)
いや今夜はとても “ファンキィ&メロウ” なプレイを聴かせていただきありがとう御座いました。また機会がありましたら是非観に来たいと思います。
最後に先月頂いた《Sugimoto Atsuhiko Greatest Hits》の “Funky 編” と “Mellow 編” のCDジャケットにサインをお願いします。
杉本:お安い事です。また来てください。
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青木:楽しかったですね。
徳井:遅くまでお付き合いしていただいて申し訳ない。
青木:明日は横浜の名所旧跡をご案内しますので、10時に車でお迎にあがります。
徳井:楽しみにしています。お疲れ様でした。
2月16日(土)晴れ:
青木氏とは10時にホテルで待ち合わせだったが、早く目覚めたことから大通り公演付近を散策、昨晩はよく飲んだが素晴らしい杉本氏のステージに二日酔いもなかった。
「おはようございます」と愛車をホテル前に横付けされ、早速市内観光に案内された。やはり車がないと不便なところだが、横浜でいちばんの別荘地である山手界隈にある外国人墓地や港の見える丘公園を見学した後、いま梅の見所となっている三渓園に走らせたが晴天白日につき入口まで渋滞が続いていたため取りやめ、昼食タイムに変更した。
その後、青木氏の自宅にお邪魔し、彼の愛器L5CESフローレンタイン・カッタウェイを拝見「これが《ムーヴィン・ウェス》のギターですか」いいな・・欲しいな・・欲しいが弾けない・・買ってもただの装飾品になりかねない・・でも凄いな。
昼からの予定は渋谷のギター専門店 “ウォーキン” に訪問し、そのまま今夜開催される “フル・ハウス” で “OGD” の出演を観に行くことが今回の青春55切符物語最大の目的である。
青木氏と私は電車を利用し小岩まで駆けつける事にし、奥様に桜木駅まで送っていただいた。
奥様はそのまま買い物に行かれるとのことで、車を降りたあとここでハプニングが発生「あっ、SP盤など入った手荷物をトランクに置いたままだ」と私が叫んだ。
青木氏は車のあとを追いかけたが、信号のとおりがよく走り去ったあと、運わるく携帯電話も不所持のためつながらなかった。
とりあえず自宅に連絡したあと、「連絡がつくまで私が子供の頃から通った “ちぐさ” へ行きましょう」、ということになり歴史あるかの有名なジャズ喫茶へ行く事にした。
私のど忘れからとんだ迷惑をかけてしまった。「歳かな?ボケかな?済みません青木さん」、彼は「何の何のおかげ様でまた名所をひとつ紹介できましたよ」、と寛大なるお許しを頂いた。
コーヒーを注文したら早速リストを見せられ「リクエストは?」と尋ねられた。
素直にウェスとは言えず、いつまでもリストを見ていたらまた「リクエストは決まりました?」と言われ「《バグス・ミーツ・ウェス》お願いします」と反射的に応えていた。
やはり音響装置がいいのか「自宅では聴こえないサウンドが再現されていますね」と〈StairwayTo The Stars〉の良さを再確認された青木氏は「この曲を練習したいな」と何処までもその情熱ある語り口で説明された。
片面のレコードが終わる頃、奥様より連絡があり手荷物を受け取ったあと “ウォーキン” に向かったが、私の失態から着いたのが4時を回っていた。

ただ救われたのは渋谷駅前に店舗があったことで、「初めまして」と紹介されたのは若いオーナーの西村氏であった。
彼は旧ウェブサイトの特設コーナーでも協力いただき既にメールではやり取りしていましたが今日は彼が99年3月ごろにインディアナポリスへ行ったという話を聞くのが目的であった。
"ウォーキン" へのアクセスはここから
徳井:で、どんな目的で行かれたのですか?
西村:ウェスの愛器でダイアのL5がチルドレン・ミュージアムに展示してあるというので、是非見たかったのです。
徳井:エイドリアン著の【ウェス・モンゴメリ】にも掲載されていましたね。でも、ただそのギターだけを見たさにですか?
西村:そうです。
徳井:変な聞き方をして申し訳ありません、でも本当に好きなものはその目的を果たすのに手段もかけ引きも損得もないですよね?
西村:ところが残念にも観れなかったのです。そのときは私も分からなかったので、聞く宛もなく帰りました。
徳井:評論家の成田氏が98年6月、未亡人のセレーンを訪問したとき、そうSJ誌に掲載された記事なんですがそれによると孫がそのギターを引き取りに来ると説明していましたが、そうすると随分早くから展示場から引き揚げていたのですね。それで、お墓でも参ったのですか?
西村:そのときは墓のことも知らずに帰りました。他にあの周りって何もないんですね。
徳井:それは残念でしたね。
西村:私はあのギター観たさに、それ一心でしたから。
ギターが本当に好きなんですね。彼の熱弁からも分かりましたが店内はビンテージもののギブソン・ギターがところ狭しと並べられていました。
徳井:ここではどのギターが高いのですか。このハートのL5ウェス・モデルですか?
西村:いえ、非売品なんですがジム・ホールの愛器(注)ダキストの “ジム・ホールモデル” です。
徳井:えっ、ジムが本当に持っていたギターですか。
西村:そうです。展示してありますが門外不出です。
徳井:驚きました。ここでこんな偉大なギターに出会えるなんて。
西村:徳井さんはギターできるのですか?
徳井:よく聞かれるのですが、とっくに諦めました。でもウェスのL5は欲しいですね。
西村:気に入ったギターありましたか。
徳井:考えておきます、とりあえず写真を撮らせてください。で、景気はどうなんですか?
西村:ホームページを開設してからネットで申し込まれる方もおられ、まあまあですね。
徳井:頑張ってください。いいお話聞かせていただき勉強になりました。私も出来ればインディアナポリスに行きたいのでたいへん参考になりました。

(注)についての西村氏の説明:
意外なことに、こちらのモデルには正式名称がございません。強いて言えば、資料等には “Electric Hollow” と記載されていることが多い用です。
ちなみに先日ご覧頂きました “Electric Hollow” は70年代後期から80年頃までに製作された初期タイプのもので、ボディのみハグストローム(確か、スウェーデンあたりのメーカーだったような・・・)製の外注品で、ネック製作、組み込み、塗装を含むその他一切はダキストの手によるものとされております。
なんの変哲も無い合板ボディのアーチトップ・ギターなのですが、なぜあのようなサウンドが出るのかは、全くもって不思議であります。(多くのプロ・ギタリストの方にもお試し頂きましたが、みなさん口々にこちらのギターを絶賛いたします。ム・ホールの生き霊が乗り移っているのではないかという説も・・・)ちなみにペグはグローバー製でピックアップはダンカン製でした。
参考までに “ウォーキン” に展示してある1本は前期タイプのものであり、現在ジム・ホールがメインで用いている後期タイプとは別物になります。
ちなみにこの前期タイプは、アルバム《サークルズ》等のジャケットに用いられ、1980年の来日時にも使用されております。察するに70年代後期、或いは80年代前期~中期頃に至るまで、氏に使用されていたのではないかと思われます。
物腰の柔らかい西村氏は、開店記念のキィ・ホルダ(既にない取って置きのひとつ)を私にくださり、今後ともよろしくと挨拶を交わしたあと “フル・ハウス” へ向かった。
「やはり装飾品となりかねないギターにうん十万はもったいないですね」、などと青木氏と話しながらも小岩駅に着いた。
“ウェスと共にTwo Days” のとき佐藤氏が開演に遅刻したというレポートで、歩道を占領する自転車と分かりづらい入口によけい迷ったという道程を検証をしながら「確かに見過ごすのは仕方ない」などと、半間のドアを開けた。
間口は狭いが、奥行きがありカウンター席を過ぎると左右にボックス席があり、突き当たりがステージと思われる。
楽器はセッティングされていないのかなと見渡していて・・あれっ・・タイガースのテナント?・・と思うや、横から「ここのマスター “トラキチ” です」と聞えた。それは “フル・ハウス” の常連、松崎氏であった。
青木氏の紹介を受けながら「初めまして、ウェス・ファン倶楽部の徳井です」、ありきたりの挨拶ではあるが、とにかく私は全てが初めてなんでこれしか言いようがないのだ。
「フルハウス駐在員としてお世話になっています」、そしてその横におられたフルハウス記録員としてお世話になっている渡邊氏を紹介された。
「 “OGD” の貴重な音源ありがとう御座います」と挨拶すると「今晩も心配いりませんよ」と指を上向きにされた。
みると、衣紋掛けに指向性マイクがステージに向けてセッティングされてある。
「このボックス席はいちばんバランス良く聴ける位置なんですよ」と松崎氏がいうが、満席になると若干ステージが観にくい所でもあった。
私が来る前に”OGD” のメンバでいちばん早く入店していたのがドラマーの山口氏であった。
名刺交換しながらやはり同じように挨拶、ステージでは若手ながらアメリカにも修業したことのある経験豊富なテクニックを披露してくれた。
次に来店されたのが大のウェス・ファンで、オートモーヴィル・アーチストでお馴染みの牧田氏、彼の素晴らしい版画でぜひウェスを彫ってくださいと挨拶しているうちに、本日のメイン・ギタリスト小泉氏が登場、話はプレイの事で更に盛り上がり彼は本日松崎氏のフェンダー・ツイン・リヴァーブを借りてプレイする事となった。
開演15分前になって慌しく大きなセットを持ち込んだ高野氏、早速オルガンのセッティングに取りかかった。
挨拶もそこそこのうち、1stステージの開演時間になっていた。

“OGD” :小泉清人(g)、高野正一(org)、山口新語(ds)
「さて、何を演ろうかな」などと小泉氏の半分口癖のようにも感じとられる間を持たせながらも「今日はこれだけのウェス・ファンがが集まっているのだからウェスを演るしかないでしょう」と先に青木氏から釘をさされていることを承知していたはず、見渡すとボックス席はほぼ満席、あとから聞いた話ですが久々の満員だったとのこと。
ウェスの命日でもないのに結局ウェス特集となってしまった。
「高野さん、お疲れさま、徳井です」、と高野氏とようやく面会できた。「今日は生徒が多く来てくれまして」と改めて見渡すと幾つか空いていた席も埋まりウエイトレスがオーダーを受けててんてこ舞いしていた。
「やっと念願の “OGD” を観ることができました。いつになく素晴らしいですね」、と彼のお客様が多かったせいかあまり話せなかったが多才なテクニックを聴かせて頂いた。
ここで先ほどより話し相手の牧田氏と版画の話題から抜けられず、多くの人と話せないまま2ndステージが始まった。
しかしながらウェスの版画を彫ってくださるとのことで楽しみが増えた。
元来、あがり症でどちらかというとあまり話し上手でない私は「控えめにして下さいね」、と事前に青木氏や小泉氏に自分から言っていたにもかかわらず、盛り上がりを高めるためメンバ紹介の役目を願い出た。
「控えめにといっていたので、言いませんでしたがそれならお願いしますよ」、と小泉氏の言葉に甘えたが何を紹介したのかあまりよく覚えていない。
突然のハプニングに観衆の方々がかえって迷惑でなかったかな、やっぱり止めとけばよかったかなと反省していたら「今夜の小泉さん冴えてますよ。難しいテクをガンガン演ってますね」、と松崎氏が解説されていた。
私も今までに頂いた録音から聴き比べても同感てある。終わってから「今日は今まで以上に乗ってましたね」と尋ねると、小泉氏は「いつもと一緒ですよ」と極控えめと言うか平常心であることを強調された。
い-や、今日は確かに乗っていたと誰もが絶賛していた、本当に興奮した。
あっという間にステージも終わり午前零時は回っていたにもかかわらず “OGD” の興奮話が各所でいつまでも聞えていた。
そこへ突然「今年のウェス命日特集、6月8日に決定しましたので、是非来てください」、と松崎氏が伝言に来られ「えっ、もう決まったんですか」、とあまりの早さに驚いた。
「今日の入りにマスターが上きげんなんですよ」、となにか阪神タイガースが勝利した時のような嬉しさでしたよと言うのです。
「徳井さんその日も必ず来てください」、さらに「ファン・クラブの会長なんだからやっぱり年に一度は上京していただかないと」、と駄目を押され、「是非来させていただきます」と返答しながら気難しそうなマスターの顔を見ると本当にニコニコ顔だったので「今度きたらタイガース・グッズ持ってきますよ」との言葉に話題は野球へと変り、タイガース・ファン以外はどうのこうのへと展開したが、ネタも尽きたことで三々五々家路へと向かわれお開きとなった。
このあと、小泉氏は阿佐ヶ谷にある “MANHATTAN” のオール・ナイト・ジャム・セッションにベーシストとして参加されるというので、小泉氏のファンである高橋氏と同行することとした。
明日には帰阪するが、どうせ今からホテルへ泊まって寝るだけなら彼のベース・ランニングも聴いて観たかったので、それならと言うことで好都合となった。
駅前にあったこの店のオーナーもアコーディオンを弾かれるとのことで小泉氏から紹介を受けたあと、10人ほどしか入らない小さなクラブにミュージシャンも合わせて何人ぐらい入っていたのだろう?
とにかくジャム・セッションだから2曲ほど演ってはミュージシャンが入れ替わるので、客よりミュージシャンの方が多かったような気がした。
1時間ほどするとまたミュージシャンがやって来た、もう寿司詰め酸欠の状態が5時頃まで続き身動きひとつ出来ない。
完全にプロと言える、また勉強中と判るミュージシャンが入り乱れてのセッション、こんな場所が必要なんですよ、関西にはこんな場所がないので勉強中ミュージシャンが本当に可愛そうだなとひとり呟きながら夜明けのコーヒーをすすったあと小泉氏と別れた。
「もう東京行きの始発が出ているので」と案内され青春Go-Go(55歳)切符物語は終着駅となった。駅のホームにあがりベンチに腰掛け、その充実感に浸されていた。





やっぱり上京してよかった、念願の名所に行けたし、”OGD” のメンバ、”フル・ハウス” の常連さんにも、そう杉本氏にも会えた、そしていちばんお世話になった横浜特派員の青木さん、さぞお疲れのことと察します「ありがとう」、みなさんまたお会いしましょう。
